大腸の内視鏡検査につきそって

今は亡き母が体調の不良を訴えて、診療所で診察してもらった結果精密検査が必要だということで、大腸の内視鏡検査を受けることになり、付き添っていったことがあります。二人とも内視鏡検査と言うものは経験がなく、不安にかられながら向かいました。まず大腸の中を空っぽにしなければならないということで、大量の下剤を渡されました。時間ごとに決められた量を飲むのですが、一度や二度で大腸のものが出尽くすわけもなく何度か飲み続けました。朝に病院に入り、昼を少し過ぎたころにやっと大腸の方もきれいになり内視鏡検査を受けられるようになりましたが、それまでの体力の消耗は大変な物がありました。それでもまだ始まりの段階でしたので、母は気持ちを奮い立たせ内視鏡検査に向かいました。悪い病気に侵されていないことを信じて検査室に入っていきました。

ローカでまってはいたのですが、中の会話が時折聞こえ、先生がリラックスさせるためでしょうか、母と日常会話を冗談を交えながらしているのが聞こえました。母も明るい声で答え、検査は和やかな感じで進んで行ったようでした。長い時間を待たされてやっと終わったのは一時間以上たったころでした。母はそのまま着替えに病室に連れていかれましたが、その時即座に先生の口から出た言葉は、あまり喜ばしいものではありませんでした。はっきりとした病名は効かなくとも想像できる病名が頭に浮かびました。嘘であってほしいと本当にその時は願ったものです。漠然とした中で何をどうしたのかわからないくらいのショックを受けましたが、時間がたつとそれを受け入れている自分がそこにはいて、沈着冷静な自分を発見しました。実感がわかなかったかもしれません。母には本当の事は言えず、大したことはないと信じ込ませました。そして手術をすることになり、総合病院で手術を受け一か月ほど入院し、退院してからは通院と投薬の治療を受けていましたが、それから二年後に他界しました。本人は、うすうす癌であろうことは感じていたようです。それはわかっていましたが、最後まで本人にははっきりと告知することはしませんでした。

闘病生活を振りかってみて良かったこと悪かったことを思いますが、親の最後を見とれたのは子供としては最高の幸せだと思っています。息が絶える一瞬をそばにいられ、独り寂しく行かせなかったことは今の自分の糧になり自信にもなっています。つらいことがあっても、その一瞬を思い出すと勇気がわいてきて又頑張ろうと気持ちが奮い立ちます。死に際に、母が残してくれた大切な贈り物だと思っています。

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